空想美術館という概念

空想美術館 Le Musée Imaginaire

フランスの作家であり、ド・ゴール政権下で文化担当国務大臣を務めた政治家でもあったアンドレ・マルローが、1947年に出版した芸術論『東西美術論(原題:芸術の心理)』の第1巻で提示した概念のこと。「空想美術館」とは、あらゆる芸術作品の図版を並べることで、空想上の美術館であるように見立てたことに由来する。印刷や写真などの複製技術の発達により世界中の芸術作品を図版によって鑑賞することが可能となった。それによって、作品を比較できるようになり、美術史上の新発見がより頻繁になされる。そして、作品を巡る学術上の記述が変化し、評価基準が変わる可能性を帯びることとなる。空想美術館という発想は、ある作品とその着想及び制作過程においてインスピレーションを与えた作品とを比較し、視覚的にそれらの相互関係を把握する必要性をマルローが感じたことによるとされている。空想美術館は、現実の美術館の代用ではなく、美術館において実現不可能な芸術作品の配列を、複製物を通して可能にし、それによって生まれる知的作業を通して、芸術作品の新たな解釈を促すものなのである。

小野寛子/現代美術用語辞典 2.0

 四分の一世紀ほど昔、大分合同新聞社の月刊誌に「私の肖像美術館」というエッセイを二年間ほど連載させていただいたことがある。マルローの空想美術館に影響され、人魚伝説が意味するもの、プロパガンダとしての肖像画、祭壇画における血の描写などの、どちらかというと社会学的な切り口から、論旨に基づく作品図版を有名無名を問わず掲載して、類似論文の有無の検証などしないまま、好き勝手に書かせてもらった。
 その後、時の経過とともにそれなりに私の知識量や考え方が変化したため、ブログ黎明期に『MONO』というサイトを立ち上げ、過去のエッセイの改訂版のようなものを書き始めた(私生活が慌しくなり、途中で飽きてしまったせいもあるが、そのサイトはいまはもう存在しない)。

 さらに歳月が流れた今、美術にたいする私の考え方もまた変化した。備忘録のつもりで、改訂版のさらなる改訂版を書いておきたいと思う。いろいろな面で老いを感じることが多いこの頃ゆえ、おそらく先は長くない(こういうやつほど長生きするとも言われるが)と思うので、今回はもう途中で飽きたりせず、とりあえず納得できるところまで書いていくつもりだ。

空想美術館 Le Musée Imaginaire

フランスの小説家・芸術論者であり文化担当国務大臣をもつとめたA・マルローが、1947年に出版した代表的芸術論『芸術の心理』の第1巻で提示した概念。「空想美術館」と訳すのが定訳となっているが、「図版による美術館」の意味も含まれる。特殊印刷技術や写真術の発達により、図版によってきわめて多くの美術作品を目にし、作品どうしを比較対照できるようになった状況を、「空想美術館」の出現と呼ぶ。それにより、広範囲の造形を知ることができるようになったばかりでなく、評価の基準が変化したとする。すなわち、従来は既存の確固とした美的基準に照らし合わせて「傑作」が決定され、そればかりか「作品」として重視されたが、「空想美術館」の実現以後は、たとえ美的にすぐれたものでなくとも、図像の変遷上に意味のある造形ならば、評価されるようになったという。近年のコンピュータによる画像処理能力の向上とインターネットの普及を背景に、デジタル・ミュージアムの構築が論じられる際、参照されることが多い概念である。

鷲田めるろ/現代美術用語辞典 1.0

 上の引用は「現代美術用語辞典 1.0」で、「同 2.0」よりいくぶん具体的(ゆえに一面的的になるが)になっている。たとえば、アジアや中東アフリカ産の果物が、ヨーロッパに輸入されるようになったのはいつ頃で、どんな品目があったかを知りたいなら、オランダ絵画の静物画を見るといい。それらの多くが輸入業の商家からの注文によって、取扱品目のカタログとして制作されたからであり、そのおかげで欧州美術史上の静物画というジャンルが確立した。
 そんなふうに、従来の美学では評価されなかった作品たちが、ある切り口を設けることで見直される。一時期日本で流行したキュレーションの概念をマルローは先見的に語ったと言っていいし、彼と同時代のヴァルター・ベンヤミンの影響も大きかったと考えている。